自己分析にヘヴィメタルは有効?

実は社会的に有利になったりする?

自尊心が低い、けれど自分としては好奇心に満ち溢れていて、なおかつ自分というものを表現できる自分にしかない個性を見つけたい、そう思っている人は多いだろう。イギリスに限らず日本でもそうだ、ただそれを形として実現できるかどうかは一握りの人間しかいない、という風に述べる人もいると思うがそれは違うだろう。個性というものを確立したいと思っているのなら、その後のことは自分がどうにかして自分にとって誇れるものは何かと見つけることを、好奇心をもってして探求しなければならない。先ほど紹介したヘヴィメタルが好きな人の自己分析による性格診断についての話に戻すと、特徴として挙げられるものを改めてみると、欲張りな性格をしていると筆者は思ってしまう。それはそうだ、好奇心旺盛で自分しか出来ないことをしたいと考えていながら、自尊心というものが低く権力に対して抵抗感を持っているというのは、実に矛盾しているだろう。ここから這い上がって、自分というものを見つけて頑張っていこうとする気概と根性的な部分は誰にでも備わっているものだ。それを上手く活用して、生きる術とすることが出来るかどうかはその人の器量によりけりだ。

ヘヴィメタルを聴いていることで自分というものを見つける、または見つけたいと願っているからこそ求めているのかもしれないが、結局それを見つけるのは自分でしかないからだ。自分の求めるものは何処にあるのかと他人に問いかえる人もいるかもしれないが、自分を本当の意味で救えるのは誰でもなく自分でしかない事を忘れてはいけない。

ただ実際、本当に生きる術として用いている例もある。それは普段の抑圧された生活の中で、押し殺された感情を吐き出すようにして自己陶酔とまで言えるほど浸っている人もヘヴィメタルをこよなく愛している人もいるのだ。

邁進している人間だって、ストレスは溜まるもの

最近の日本においても問題となっている若者無業者という人々はいるが、彼らの中にはもちろん仕事を求めている人もいる。ただ精神的な病気を患ったりして、仕事を探すことが出来ないという条件を設けられている人もいるだろう。ただそれ以外の、ただじっと家の中で待機している人もいる。身体的に問題なく、ただ引きこもっている人の言い分としては、『本気を出せば俺は億万長者になれる』などと言う人もいる。

ここではそういった人達に対しての非難を投げかけるというのではなく、こういう人々に対してヘヴィメタルという音楽を聞かせてみるとどうなるのかについて話をしてみよう。ヘヴィメタルの中には社会に対しての不満をぶちまけている、またそこにアイデンティティを求めているような刺激的な内容の歌詞が盛り込まれているときもある。人によって不快だが、無業者として活動している人にこうした音楽を聞かせると、自己投影して快楽に浸れるという人もいるだろう。しかし無業者の中には働きたいと切に願っている人もいる、そこへヘヴィメタルのような攻撃的な音楽を聞かせると何も出来ない自分に対して苛々を更に募らせてしまうという効果をもたらしてしまう、そういったことも可能性として起こりうるのだ。

ヘヴィメタルを好んでいる人の中で、普段から何事に対しても優秀な成績を収めている理想的な生活を送っている方もいるだろう。しかしだからといってストレスが溜まらないわけではない、自分一人で活動するような仕事でもない限り、責任ある立場ともなれば人を管理することをしなければならない。そうなるとどうしても精神的な苦痛を背負ってしまう事がある、自分ではあれが出来るのにどうして出来ないんだという苛立ちが水道水のように絶え間なく不満をコップの中へと注いでいく。そうして溢れてしまうと、いわゆる上司から部下に対しての社会的地位を利用したパワハラへと繋がってしまう。

では実際に上司が部下に対してパワハラを行ってストレス解消するのかというと、案外そうでもないだろう。結局その人から受ける怒りが発散されても不満が消えることではない。パワハラをする側、される側双方において得をすることはないのだ。だからこそ余計にはけ口をキチンと用意しておかなければならない。自分というものを冷静に分析している人ほど、発散方法としてヘヴィメタルのような普段の自分とは縁遠い世界に浸ることで、現実を忘れるようにしているのかもしれない。

自分を固辞するため、また普段の自分を維持するためなど様々だが、ヘヴィメタルのような世間に対して宣戦布告をするような歌詞満載の歌は、何事に対しても自分というものを抑圧している人ほど好む傾向にあるのかもしれない。

時にヘヴィメタルが現実逃避の手段として選ばれてしまう

また最近問題になっているのが、空想と現実の区別をしっかりとできている人が少ないという問題も加味しなければならない。精神的な病気を患っている人がヘヴィメタルを好んでいるのは良いとしても、歌詞の内容を鵜呑みにすることは危険なのだ。自分というものを表現する術として歌っているアーティストの姿に感銘するのは構わないが、その内容によって自分というものがいかにこの世界で不要な存在なのかという、そうした思考に陥ってしまうと最悪自殺願望を駆り立てていると取られかねないからだ。

限度を守るにしても自分に対して自信というものを持てない人がヘヴィメタルを聞いてしまうと、最悪の結果を招いてしまうこともありえる。その危険性だけは、十分承知しておかなければならないだろう。