こんな伝説がある

違う意味での歴史

LOUDNESSの凄さを些か簡略に紹介したが、とにかく日本を代表するヘヴィメタルバンド、その先駆的存在である事を理解してもらえたら何よりだ。ただヘヴィメタルというとその音楽は非常に独特なモノであるのは否めない。そのため、どうしてもその音楽の過激さから受け入れられない人にとっては異色過ぎることから何かと軋轢を生み出してしまうことがある。それはこのLOUDNESSとしてもそうだ、その名誉を感じさせるような歴史の中において実のところあまり気持ちの良いモノではないような逸話が隠されていることをご存知だろうか。こちらもファンにとっては有名な話だろうが、音楽活動を行なっている人々全員に共通して言えることでもあるかもしれない。

日本を代表するバンドとして業界からも高い評価を受けているLOUDNESSだが、彼らの歴史においてメンバー変遷という歴史もあるが、さらにバンド全体として実のところ不名誉だったり、または凄く嬉しいことなのに被害を受けることになってしまったなどのトラブルが巻き起こっているので、ちょっと紹介していこう。

LOUDNESSのちょっとした裏話

1:日比谷野外音楽堂での騒音事件

LOUDNESSがデビューしてから1年後に、日比谷野外音楽堂での野外ライブを行った。伝統ある会場だったこともあってLOUDNESSとして張り切っていたが、ヘヴィメタルという当時まだ特殊すぎた音楽ジャンルの、あまりの音の騒々しさに周辺に住んでいた住民の堪忍袋の緒が切れてしまい、音楽堂には多数の苦情が殺到してしまったことで、今後しばらくは公演はもちろん、出入りすら認められないなどのお達しを受けることになってしまった。そのためバンドとしては暫くの間は利用することも出来なくなってしまい、個人間で出入りする事はあった。

出入り禁止を受けてから30年、昨年2013年にLOUDNESSとして『ROCK BEATS CANCER FES VOL.2』に出演をして登場しているが、明確には出入り禁止が解かれたわけではないので単独公演としてはいまだ禁止として見られている可能性がある。

2:苦情の広さが半端ない

ヘヴィメタルバンドとしてその名を世界にまで馳せているLOUDNESSだが、その楽曲ナンバーの奏でる音は当時としてはまさに凶器だったと見ていいかもしれない。あまりの音の大きさと騒音、そしてそれまであまり日本国内で受け入れられていた大衆音楽にはない暴力的な雰囲気から、苦情が絶え間なかったようだ。その中の逸話としては、

  • 苦情例その1:現在の国立代々木競技場でのライブイベントの際、かなり広かったにも関わらず大規模な音響と照明を使用していたこともあり、距離こそそれなりに離れている原宿駅から苦情が来た。
  • 苦情例その2:富士急ハイランドのライブ活動時、演奏が風に乗って爆音と化し、長野県にまで音が流れ着いてしまって県をまたいで苦情が来た。

というものだ。ヘヴィメタルという音楽を考えても、そこまで巨大な音源が流れるようにして聞こうという意図を持っていない人にまで届いてしまうと、さすがに不愉快な気持ちを招いてしまうのは無理もないところだ。現代こそそれなりにヘヴィメタルに対しての認識はあるにしても、やはりあまりのうるさすぎる演奏だけは、いつの時代でも騒音として見なされるのは仕方のないところだろう。

3:前座のはずが、本座よりも受けてしまった

世界最高峰のアリーナといわれる、マディソン・スクエア・ガーデンにてモトリー・クルーの前座としてでも演奏をするなどの快挙をなすことに成功したが、このモトリー・クルーのツアーに同行している際に、トラブルが起きた。モトリー・クルーのサウンドエンジニアとして活動していた当時の担当者の配慮なのかどうかは分からないが、モトリー・クルーよりも音が良く聞こえてしまい、観客も本命よりもLOUDNESSの演奏を評価するという、あってはいけない状況に陥ってしまったという。そのようないとはもちろんなかったエンジニアは真っ先にお叱りを受けてしまい、首の皮が剥ぎ取られるようにその身から職が失せるような事態になりかけた。また、LOUDNESSに対しても本命よりも目立ってはいけないとして、運営側の指示の元でライブ中に音を引き下げるなどしての対策が求められたという。前座からこそ目立たないように配慮するのも大事なことだが、そうなる前にLOUDNESSとしての実力を知ってもらえたからこそ、彼らの成功は世界的に評価されたと見るべきなので、持ちつ持たれつつと言ったところかもしれない。